日記___。
とある辞書によると日記とはその人が日々にあったことなどを書き連ねるものだそうです。

初めまして、かなりあと申します。
私は25年前愛知に生まれ、19歳の大学進学を機に地元を離れ東京に上京。
4年間の大学生活を経て東京で就職しました。

学生時代から1年半インターンしていた職場にそのまま正社員として入社しております。
HR業界に骨を埋めて早いものでもう3年半が経ちました。

学生時代はコンテンツ企画などに従事しており、
社会人1年目ではキャリアアドバイザー、現在はマーケティング・メディア部門にて日々楽しく働いています。

上京してから大学3年2月まで毎日日記を書いていました。
スケジュール管理はもちろんのこと、その日行った場所のチケットや考えたこと、あった人、話したこと、そこから感じたこと、挑戦したいこと、目標など書き連ねていました。

人生とは面白いもので、日々気づきや思考の深まりがあります。
また、それには時間が必要だったり、気づくきっかけが必要だったり。

2021年11月から長らく止まったままの日記を再び書き始めました。
不思議と「日記を書く」という行為は自分自身と向き合ったり、今を大切に生きる上で私にとって欠かせないものでした。

今回は、日記を書くのをやめてから、そして再会するに至った経緯。
そして私「かなりあ」にとっての日記が持つ意義・意味についてまとめてみたいと思います。

稚拙で冗長な文章ではありますが、最後まで読んでいただけましたら幸いです。

振り返りたくもない、残したくもない今。

ある日を境に日記をつけることをやめました。
日記とは形に残るもの、残したいものであって無意識的に
「振り返りたくもない過去」
「辛い記憶」
「自己への否定感 / 現在を受け入れられない弱さ」
から気づけば日記を書くことをやめていました。

二度の大学受験が終わり、晴れて愛知を出て東京の大学へ進学!

愛知を出た19歳のあの日から毎日がとても楽しかったです。
そして、

「この日を忘れたくない!」
「これからやりたいこと全部やろう!」
「いつか思い出せたら」

と毎日日記を書いていました。

「今日は〜に行った」
「◯◯さんとこういう話をした。」
「この言葉が嬉しかった。」
「こんな勉強がしたい!」

などなど。

そんなこんなで毎日イキイキと自分らしく、そして未来へのワクワク感を胸に日々過ごしていたのですが。

大学3年生2月。
私にとって大きな、そしてショックな、幼少期のトラウマをフラッシュバックさせる出来事が同時に2つ起こりました。

どちらか一つだけだったら、まだ冷静に向き合い思考を保てたのだとは思いますが
その時期を境に一気に体調と精神状態を崩しました。
長いもので2021年の11月までずっと尾を引いてズルズルとおもりのように。

具体的に何が起こったのかはここでは詳しく書くことはできないのですが、
この時期を境に寝れなくなり、自己否定感に苛まれ、比喩的な表現ではありますが自分の足で歩く・立つことができなくなっていました。

ある時にはそれが依存という形で、
そしてある時にはそれが過剰な飲酒という形で。

またある時は不意に涙が出て、人前で泣きじゃくるという
今思えばとても恥ずかしいなと。

でもそれがあったからこそ、今こうして自分自身がいるのだなぁと感じます。

ひたすらに寝られない日々。

こういった状態で私「かなりあ」はどういった身体的な症状が出たかについてお話しします。

今となっては振り返りたくも、戻りたくもないですがもしどこかで同じような状況で辛い日々を過ごしている方がいるなら、私の話がその力になれたらと思い書いてみます。

今考えれば3年もの間、相当つらく、限界だったのだなぁと思います。
具体的には2019年2月から2021年10月まで、1.5ヶ月に一度39度台の発熱がありました。

その他には毎日入眠がうまくできず、また昼寝もできないので
睡眠時間は3〜4時間。

全く寝られず0時間睡眠の日も多々ありました。

また、人と話している時や人前に出ている時は問題ないのですが
ふとした時に動悸・息切れ・めまいもありました。

学部3年12月、さすがにこのままでは卒論が提出できない。
となり、友人のすすめで病院に行きました。

医師に今起こっていることについて伝えると、
その日から寝られる薬を処方されました。

薬とは不思議なもので、その日から薬があれば寝られるようになりました。

今思えばですが、そして今だから分かることですが
それは根本的な解決ではありませんでした。

逃げるのではなく、向き合うということ。

薬を飲むようになり、寝られるようになりました。
そして年が明けて卒論も無事提出出来ました。

学部4年の2月、卒論提出が終わり口頭試問も完了!
晴れて3月には卒業→社会人です。

そして同時に新型コロナウイルスが世の中では蔓延し始めました。

予定していた卒業旅行もなくなり、
ゼミの謝恩会も、大規模な送別会もなくなりました。

そしてバタバタの中、大学の寮を出て一人暮らしを始めました。

薬については、調子が良くて寝られる時期は飲まないようにしていました。
(依存するのも良くないよな、と思い)

ですが、折に触れてメンタルが落ちて寝れなくなるたびに
処方してもらい服用していました。

そして社会人スタートと同時に全社リモートワークが通達され、
一人暮らし、家での社会人生活がスタートしました。

研修は言葉通り秒で終わり、入社三日後から現場で業務スタート。
キャリアアドバイザーなので、学生さんに向き合うお仕事です。
学生さんの人生に向き合うお仕事です。

学生さんの人生の選択に関わるお仕事なので、毎日全力でした。
1時間の面談が1日に8件ある日もありました。

朝から晩まで面談。
そして終業後と休日は勉強にあてていました。

仕事は本当に楽しく、誇りをもっていました。
一人の人間の人生に関わるということ、それは責任も大きいですし
安定していない不安定なメンタル状態で向き合えるものではありませんでした。

社会人生活が始まってすぐの8月、コロナ禍の在宅生活もあり大きくメンタルと体調を崩しました。

社会人1年目は8月と11月に大きな波が来て、休職を打診されました。
ですが、ここで逃げたくないというのと辛いのではなく楽しくてやっているという思考から休まず突っ走りました。

そして年が明けて2021年1月、アドバイザーからメディア部門に。
そこではひたすらに案件数に対して人が足りていませんでした。

また、事情があり人がどんどん抜けていき、
残ったのは新しく入った私含め2人という危機的状況。

立ち止まっている暇はありませんでした。
今思えばですが、本当に毎日必死に突っ走っていました。
わからないなりに模索し、施策を回し続け4月〜9月と断続的に崩れていきました。

一昔前に一世を風靡したドラマのタイトルで、
「逃げるは恥だが役に立つ。」
という言葉がありましたが、本当にそうだよなと思います。

今思えば正直に逃げてよかったし、
一度立ち止まって自分自身に向き合うべきだったなと。

それができなかった人間はどうなっていたかというと、
自己否定感に苛まれ、自己や現実に向き合っているようで思考することを放棄しメタ認知できなくなっていました。

身体は悲鳴をあげているものの、それに蓋をして
熱が出たらとりあえず寝てまた日常に戻りました。

寝れないなら、とりあえず寝れる薬を飲んでやり過ごしていました。

そしてこう言った余裕のない人がどうなるかというと、
人に依存していきます。そして傷つけるようになります。

もし、この記事を読んでいる方でこう言った同じような状況にいる方がいるなら、
思い切って逃げてみてください。

逃げて、冷静に自分に向き合う時間を作ることで
おそらくですが自ずと自分を取り戻し、本来の自分になれると思います。

そして、自己効力感も戻ります。

日記、再び。新しいスタート。

2021年10月から11月にかけて、大きな出来事が起こりました。

そして、その出来事があったことで立ち止まり考えることができました。

「そもそも自分とは何か。」

「なぜああなったんだろう。」

根本的に過去を掘り返し、自分に向き合うことで自ずと自分を取り戻していきました。
今ではかつてのように日々にワクワクし、可能性に満ち溢れ充実した、未来への希望を胸に毎日過ごしています。

そして止まったままの日記も再開しました。

日記とは不思議なもので、自己と向き合うのに良いツールだと思います。
アナログな形で、ペンを片手に書くことで自然と思考が整理されていき、また日々の積み重ねも実感することができます。

稚拙な文章ではありましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
また今回のテーマについてやトピックが見つかったら、こちらのサイトに書き残していきたいと思います。