初めまして、かなりあと申します。
25年前に愛知県の片田舎に生まれ、大学進学を機に東京にやってきて現在は某HRベンチャーでマーケター・コンテンツ企画に携わっております。

ひょんなことから過去や自分に向き合うきっかけを得て、今まで必死に闇雲に、がむしゃらに生きてきましたがここでひと休憩しております。
11月に大きな出来事が起こり、自分に向き合う時間ができました。

本来なら、そして今までの自分なら
「まぁそういう日もあるよね。」
と現在の延長線上でなーなーに生きていたような気もするのですが。

なぜかそう言った思考にはならず。

ここ2年半、言うなればその根本の過去を掘り返して向き合うようになりました。

今日に至るまでの数週間、ちょっとずつ前に進んでいて、
ボトルネックも特定できたのでサイトを再び動かすに至りました。
(こちらのサイトは、私が大学2年生の時にただひたすらの好奇心とワクワク感で夜な夜な開設・運用したという経緯があります。)

自分の思考のアウトプット先として、そしていつか
「こう言う日もあったな。」
と振り返れるよう、そしてどこかでこう言った私と同じような状況で苦しんでいる、生きづらさを感じている方がいるなら少しでもその力になれたらと書き残します。

本日のテーマは、
「世界は意外と解釈でできている。」
で書き記します。

どういうことかというと、大学1年の時に出会った言葉に
「エリスのABC理論」というものがあります。

詳しい解説は専門の論文や学術書に委ね、ここでは簡単に説明します。
要は、出来事が起こり感情というものが起こります。
ですがこの「出来事」と「感情」の間には無意識的な「解釈」が挟まっています。

これは行動経済学でも同じような論調としてダニエル・カールマンも類する論を提唱しました。

つまり、この論になぞらえるなら
過去後悔していることを表層的に解決しようとしてもそれは根本的な解決ではないということです。

それは何故なら、それを引き起こす「解釈」があるから。

そしてその「解釈」がある限りそれは再現性のある生きづらさということです。

本日は、この私の「解釈」とそこから過去に向き合うというテーマで書いてみます。
冗長で稚拙な文章となるかとは思いますが、最後まで読んでいただけますと幸いです。

その人の根本的な価値観や解釈は過去の出来事によって形作られます。
しかし、その出来事を解釈して結果としての感情を引き起こしているのは自分であって、
であるからこそもう一度過去に向き合い、再解釈することで乗り越えられ
今よりもきっと生きやすくなるそうです。

私にとって、それを形成したのは3歳から10歳までの経験でした。
(解釈を伴う経験)

もう少し具体度を上げると「家庭環境・母親との関係」。
詳細については別の記事で書いているので割愛します。

家を出たいという一心で中学校以降はがむしゃらで必死でした。

外の世界に出たい、距離を置きたい、逃げ出したいという想いで
中学2年、人生初の海外「アメリカ」に2週間飛び出しました。

そこでは本当に色々な出会いや世界があって、
「ただの赤の他人」の私を受け入れ、愛を注いでくれたホストマザーとファザーがいました。

アメリカを離れる3日前から、
ホストファミリーに対しての感謝と、アメリカという異国の地の心地よさで
夜な夜なシャワールームで泣きじゃくっていたのが今となっては良い思い出です(笑)

帰国してからはまた家庭に戻るわけなので、憂鬱ではありましたが
それまでとは違った世界が見えるようになりました。

そして大学受験。
地元の大学に行くという選択肢は私の中にはありませんでした。

「とにかく家を出る。」

という一心で東京の大学を受験し、上京しました。

上京当日、家を出るときは一切泣きませんでした。

「やっと外に行ける。」と。

東京に出てからは毎日が本当に楽しかったです。
たくさんいろんな物に出会い、人に出会い。

日々が大切な宝物です。

ですが、私の中にずっと心の中で蓋をしておりにふれて出てくる感情がありました。

それは「家庭」であり「家族」です。

物理的な距離を置くことで出来るだけ思い出さないように、
思い出すとしても10歳までの記憶には触れずにそして感情をトレースしないようにしていました。

一回目に蓋が開いたのは大学1年生の冬。

とある企業の最終面接で、きつめのコンピテンシー面接を受けました。
最終手前の面接でもコンピテンシーを受けていたのですが、
中学校以降の話、大学の話だったのでスラスラ話せ難なく通過していました。

最終面接のテーマは、
「自分の価値観とそれを形作った幼少期の経験」でした。

その質問を受けた時、長らく考えないように
触れないようにしていた過去を話さなくてはいけない状況になりました。

ですが、不思議なことに幼少期の自分でさえそれは忘却の彼方へ、考えないようにしていた事だったので(今思えば自己防衛の観点から)思考が止まりました。

とはいえコミュニケーションや受け答えは不思議としてしまうので、
どんどん自分の過去を掘り返し向き合う事に。

向き合うまで行く手前で、涙が止まらなくなりました。

最終面接は学生2名と役員1名との3人での面接だったのですが、
いきなり私がなきじゃくり受け答えもままならないのでそのまま選考を辞退してその場を後にしました。

そして、
「これは振り返らないでおこう。」
とまた蓋をしました。

そこから、帰省するたびに、東京で両親に会うたびに
彼らと別れた後に帰り道ずっと何故か泣いていました。

愛知から東京へ帰る夜行バスで一晩中泣いたこともありました。
(隣の席の方、本当にすみませんでした。)

自分でも何故なのかその時は分かりませんでした。
ただただ、あの時は辛かった、そしてそれを言いたかった。
自分の感情をしっかり伝えたかった。
そして、私は両親に愛されていたんだな、と。

前置きが長くなりました。
これが過去を閉じていた時の私です。

そして、2021年のこれまでの数ヶ月を通して徐々にそこに向き合えるようになりました。
きっかけは「ピアノ」「韓国語」「プラモデル」。

どれも両親が好きだったものでした。
距離を置こうとしていたのですが、ひょんなことからそれに触れのめり込むようになりました。

そして好きなものを通して両親のこと、幼少期を考えるようになりました。

長く時間がかかりましたが、今だからあの時に、そして両親に向き合える気がします。
その土台が徐々に整いつつある気がします。

辛い過去や「辛い」と思っている過去は一度「感情リリース」をする事が大事だと聞きました。
それは自分一人でやるのでも良いのですが、私の場合は一度腹を割って両親に、あの時の話をするべきなのだと思います。

そして全て吐き出し、あの時言えなかった事や感じていた事、
そして両親が考えていた事、本心を聞く事で「過去の書き換え」が起こる気がします。

書き換えたい、克服したいと思う根本的な価値観は言い出したらきりがないのですが
大きく2つ。

⑴ 負の感情に敏感
⑵ 人を信頼できない

ここを克服すべく、そしてよりパワーアップした自分になるべく向き合います!

本当に変えたい、変わりたい、と思う自分がいるからこそ今度は逃げません。
結果としてどうなったかはまた日を改めてこちらのサイトに書き残したいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。